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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1827号 判決

原告 冨士土地株式会社

被告 沖武夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金四五〇、〇〇〇円及び昭和三二年三月二八日から支払済まで年六分の割合による金銭を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告は、宅地建物取引仲介業者(東京都登録番号(2) 第二二二九号)であり、被告は、父沖卓とともに、三笠商会なる名称のもとに塗料の販売業を営む商人である。

昭和三〇年一二月頃、訴外中央大学が、その敷地拡張のため、被告の店舗及びその敷地を買収することになつたので、被告はその移転先を搜していた。そして同月中被告は、父沖卓を通じて、原告に対して土地購入の斡旋を依頼したので、原告はこれを承諾し、土地斡旋の契約を締結した。右斡旋契約は、原告が被告のために適当な土地を斡旋し、これにより売買契約が成立した場合には、被告は原告に対し宅地建物取引業法第一七条第一項東京都告示第九九八号所定の報酬を支払らうことを内容とするものであつた。

そこで、原告は、被告に対して、二、三の土地を紹介したが、いずれも被告の気に入らず、取引が成立しなかつたので、昭和三一年八月頃、訴外篠崎旬子及び河村英所有の東京都千代田区神田美土代町一番地七五坪一合二勺及び同地上の木造モルタル塗二階建建物(建坪七〇坪、訴外第一信託銀行が所有者から売却斡旋の依頼を受け、更に原告が右銀行から売却斡旋の依頼を受けていたもの、以上本件土地家屋という)を、沖卓を通じて被告に紹介した。その際原告は沖卓に対して右物件の最低売買価格が坪当り金一八〇〇〇〇円であると知らせたところ、同人は、考慮するとのことであつた。その後同年九月頃被告が原告事務所に来て、適当な土地の紹介を求めたので、原告の事務員が被告の乗用車に同乗して、本件土地家屋をはじめ、千代田区神田美土代町三〇番地の大工道具店、同区神田三崎町二丁目三八番地岩田鉄工所等の現場に、被告を案内して指示説明したところ、被告は、「この内から気に入つたものを選んで後日返事をする。」と言つた。

ところが、被告は、その後、故意に原告を除外して訴外篠崎旬子及び河村英と直接交渉して、同洋紙店から本件土地家屋を買受け、同年一〇月一五日所有権移転登記をした。

前述のとおり、原告と被告の間の斡旋契約の内容は、原告が被告のために不動産を斡旋し、その斡旋により売買契約が成立することを条件として、被告が原告に対して宅地建物取引業法所定の斡旋報酬金を支払うことにある。ところが、被告は、右契約の趣旨に反して、原告の紹介した本件土地家屋の所有者と直接取引をすることにより、右条件の成就を妨げたのであるから、右条件は成就したものと見做され、被告は右斡旋報酬金を原告に支払うべき義務がある。そして、本件土地家屋の売買価格は一三、〇〇〇 〇〇〇円であり、宅地建物取引業法第一七条第一項東京都告示第九九八号所定の報酬金の割合は、二、〇〇〇、〇〇〇円までは五分、二、〇〇〇、〇〇〇円を超え四、〇〇〇、〇〇〇円までは四分、四、〇〇〇、〇〇〇円を超える部分は三分であるから、これにより計算すれば、報酬金額は四五〇、〇〇〇円となるから、原告は被告に対してその金額及び本件訴状送達の翌日である昭和三二年三月二八日から支払済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

かりに右の理由による請求が認められないとするならば、不動産仲介業者が、売買の仲介の依頼を受け、その仲介に従事した後、これを除外して直接取引により売買契約が成立した場合でも、仲介業者はその依頼者から売買価格の五分の報酬を受ける慣習があるから原告は右の事実たる慣習により、報酬の支払を請求する。

かりに、右の請求がいずれも認められないとするならば、原告は宅地建物の仲介を業とする株式会社であり、原告の依頼によつてした現場案内及び売買価格の告知は、原告がその営業の範囲内で被告のためにした行為であるから、商法第五一二条により、被告に対し、右の行為の報酬として、請求の趣旨記載の金額の支払を求める。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、「原告が土地建物仲介業者であること、沖卓が被告の父であること、被告がその所有する土地家屋を訴外中央大学に売却することになり、移転先を捜していたこと、昭和三一年九月中、原告から二、三の土地を紹介され、且つ現場に案内されたことがあり、その中に本件土地家屋が含まれていたこと及び同年十月一五日被告が本件土地家屋を買受け所有権取得登記をしたことは認めるが、その他の事実は争う。

原告が被告に対して本件土地家屋を紹介し現場に案内した当時、既に、これについては、訴外住友信託銀行により売買の斡旋が行われ、その話が進行中であつたので、被告は、本件土地家屋の現場において、原告の事務員に対しそのことを告げて自動車から降りなかつた。すなわち被告は、原告に対して本件土地家屋の斡旋をあらかじめ断つたのであるから、原告から斡旋報酬の請求を受けるいわれはない。」

と述べた。

(証拠関係)

原告訴訟代理人は、甲第一二号証を提出し、証人岡本正夫、同佐藤治夫、同河合喜徳(二回)同池田三郎、同篠崎宣友の尋問を求め、乙第一号証の成立は認めると述べた。

被告訴訟代理人は乙第一号証を提出し、証人篠時宣友、同小岩井永雄、同池田三郎、同沖卓及び被告本人の尋問を求め、甲第一号証の成立は知らない、同第二号証の成立は認めると述べた。

理由

原告が宅地建物取引業者であることは、当事者間に争いがない。そして、証人沖卓、同河合喜徳、佐藤治男の証言、被告本人尋問の結果及び成立に争いない甲第一号証を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  訴外沖卓は被告の父であり、右両名は、東京都千代田区神田駿河台三丁目九番地において、沖卓が社長、被告が専務取締役として、株式会社三笠商会を経営している。但し右会社の店舗及びその敷地は被告の所有であつた。

(2)  昭和三〇年一二月頃、訴外中央大学の敷地拡張のため、同大学が附近一帯の土地を買収する計画が進められていたので、沖卓及び被告もこれに協力し、被告所有の右店舗及びその敷地を同大学に売渡して、他に移転することになつた。

(3)  そのため、沖卓及び被告は、移転先となるべき土地を捜すため、各方面に手配したのであるが、その一つとして、昭和三一年七月二九日訴外住友信託銀行に土地買入の申込をした。そこで、同信託銀行は、かねて売却斡旋の依託を受けていた訴外篠崎旬子及び河村英所有の本件土地家屋を紹介したので、被告及び沖卓は、これを一つの有力候補地として、その買取の交渉を進めるとともに、なおそのほかにも適当な土地を捜していた。

(4)  原告の事務所は、三笠商会の近所にあり、沖卓は原告の営業部長河合喜徳とも顔見知りであつたので、同年八月頃同人と出遭つた際に良い土地があつたら紹介するよう頼んだ。原告は、かねて、右とは別のルートにより、訴外第一信託銀行から本件土地家屋の売買斡旋の依頼を受けていたので、沖卓に対してこれを紹介したところ、同人はその価格等を聞いただけで確答を与えなかつた。その後間もなく、原告の社員河合喜徳及び佐藤治男の両名が被告の乗用車に同乗して、本件土地その他数箇所の土地の現場に被告を案内し、指示説明したのであるが、被告は、本件土地家屋の前では、「この土地は他に頼んであるから、見る必要はない。」と言つて、その紹介を断つた。

右認定の事実によれば、被告は沖卓を通じて原告に適当な土地の紹介を依頼したので、原告は本件土地家屋を含む数ケ所の土地家屋を被告に紹介したのであるが、当時既に本件土地家屋については別箇のルートを通じて被告と所有者の間に売買の交渉が進行中であつたので、被告は原告にこのことを告げてその斡旋を断つたのであるから、それは斡旋の対象から除外され、これについては原告主張のような斡旋契約は成立しなかつたものと認めるのが相当である。従つて右斡旋契約の成立を前提とする原告の請求は失当である。

次に原告は不動産仲介業者が売買の仲介の依頼を受け、その仲介に従事した後これを除外して直接取引により売買契約が成立した場合でも、仲介業者はその依頼者から売買価格の五分の報酬を受ける慣習があるから、右の慣習にもとずいて報酬の支払を請求すると主張するが、かりに、右のような商慣習が存在するとしても、前述のとおり、本件土地家屋は斡旋の対象から除外されていたのであるから、これについて右の商慣習にもとずく報酬請求権の発生する余地はない。

次に原告は原告が被告の依頼によつてした現場案内及び価格の告知は、原告がその営業の範囲内において被告のためにした行為であるから、商法第五一二条により、その報酬を請求する権利があると主張するが、右のような行為は、一般商取引において、顧客の選択の便宜のため、多数の商品を展示し、その価格を告知する行為と等しく、それが顧客の依頼により行われたと否とを問わず、その性質上単に斡旋申込の誘引行為に過ぎないのであるから、むしろ、不動産仲介業者自身の営業のためにする行為と見るのが相当であつて、これを商法第五一二条にいわゆる「商人がその営業の範囲内において他人のためにした行為」と認めることはできない。従つて右の理由による原告の請求も失当である。

よつて、原告の本訴請求は全部失当であるからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺均)

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